大判例

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最高裁判所第一小法廷 平成2年(オ)1474号 判決

上告人

株式会社東洋物産

右代表者代表清算人

山原徳相こと崔徳相

上告人

中村京子

右両名訴訟代理人弁護士

中島晃

被上告人

株式会社福徳銀行

右代表者代表取締役

松本光弘

右訴訟代理人弁護士

植松繁一

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告代理人中島晃の上告理由その一について

登記された甲建物について、滅失の事実がないのにその旨の登記がされて登記用紙が閉鎖された場合には、甲建物に設定され、その旨の登記を経由していた根抵当権が登記簿上公示されないこととなるから、右滅失の登記は根抵当権に対する妨害となっているといわなければならない。そして、更に右建物につき別の乙建物として表示の登記及び所有権保存登記がされている場合には、直ちに右滅失の登記の抹消登記の申請をしても、その抹消登記によって甲建物の表示の登記及び所有権保存登記が回復すれば、それらの登記と乙建物としてされた表示の登記及び所有権保存登記とが併存することとなっていわゆる二重登記となるため、右の申請は却下されることとなるのであるから、乙建物の表示の登記及び所有権保存登記も、根抵当権に対する妨害となっているということができる。したがって、登記された甲建物について、滅失の事実がないのにその旨の登記がされて登記用紙が閉鎖された結果、甲建物に設定されていた根抵当権設定登記が登記簿上公示されないこととなり、更に右建物につき別の乙建物として表示の登記及び所有権保存登記がされている場合には、根抵当権者は、根抵当権に基づく妨害排除請求として、乙建物の所有名義人に対し、乙建物の表示の登記及び所有権保存登記の抹消登記手続を、甲建物の所有名義人であった者に対し、甲建物の滅失の登記の抹消登記手続をそれぞれ請求することができるものというべきである。

これを本件についてみるのに、原審の適法に確定した事実関係によれば、登記された二個の区分所有建物(上告会社の所有に係る第一審判決添付物件目録三記載のA建物及び上告人中村の所有に係る同B建物)から成る一棟の建物について、A建物及びB建物の区分所有の消滅の事実がないのにこれを原因とする滅失の登記がされて右の一棟の両建物の登記用紙が閉鎖され、A建物及びB建物に設定されていた被上告人を根抵当権者とする共同根抵当権設定登記が登記簿上公示されない結果となった後、更に上告会社を所有者とする別の建物として表示の登記及び所有権保存登記がされているというのであり、右表示の登記及び所有権保存登記、滅失の登記は、被上告人の有する根抵当権に対する妨害となっているものというべきであるから、被上告人は、根抵当権者として、建物の所有名義人である上告会社に対し右表示の登記及び所有権保存登記の抹消登記手続を、A建物及びB建物の所有名義人であった上告人らに対し右滅失の登記の抹消登記手続をそれぞれ請求することができる。したがって、右各請求をいずれも認容すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない。

その余の上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する事実の認定を非難するか、原判決を正解しないでこれを論難するか、又は原審の裁量に属する審理上の措置の不当をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官三好達 裁判官大堀誠一 裁判官小野幹雄 裁判官大白勝 裁判官高橋久子)

上告代理人中島晃の上告理由

一 原判決の内容

原判決は、上告人らが、本案前の抗弁として、建物の表示及び滅失登記は、建物の表示に関するものであって、建物の客観的形状に基づき決定されるから、右登記の申請者を相手どってその抹消を求めることは不動産登記法の本来予定しないことであり、仮に被上告人らの請求が認容されたとしても、客観的形状によってはその抹消登記が登記官に受理されるとは限らない。したがって、本件訴えは紛争の終局的解決には役立たないから訴えの利益がない、と主張したのに対し、

「しかしながら、もともと一個の建物として表示登記されていた建物につき、簡易な隔壁を設けて建物区分登記の申請をし、その一ケ月半後に右隔壁を取り除いて建物合体をしたとして区分建物滅失登記の申請をし、その結果、従前の建物が現実には滅失していないのに、既存の表示登記簿の閉鎖により従前の建物に付されていた根抵当権設定登記の効力がその権利者の承諾なしに消滅しているということは、右区分建物滅失登記の「申請」に不法性があるからであるといわざるを得ない」と判示したうえで、

「右のような場合、右根抵当権者である被控訴人らが、右不法な「申請」をした控訴人らを相手方とし、根抵当権の妨害排除請求権に基づいて、本件滅失登記及び表示登記の各抹消登記の申請をするよう訴求することは適法であり、訴えの利益があるというべきである。

また、本件のように、合体の事実の存否につき争いがあるときには、登記官は、抵当権者の申請があったとしても、表示に関する登記の抹消を容易にするとは考え難く(登記官の調査には制度上の限界がある。)、そのような場合には、合体の事実の存否を右申請人と登記官との間で争わせるよりも、抵当権に対する妨害の有無についての争いとして実質的に争いのある関係当事者間で争わせることの方がより適当であるというべきである。

確かに、抵当権者が登記官を相手どって滅失登記及び表示登記の受理処分を行政訴訟により争う途がないわけではないが、他に争訟の方法があるからといって直ちに訴えの利益が失われるとはいえないから、被控訴人らが現に行政訴訟を提起、追行しているとしても、本件における被控訴人らの訴えの利益がなくなるものではない。」として、上告人の控訴を棄却したものである。

二 上告の理由(その一)

しかしながら、原判決には、以上に述べるような判決に影響をおよぼすことが明らかな「訴えの利益」に関する民事訴訟法の解釈・適用を誤った法令違背がある。

(一) 原判決は、本件訴訟において、訴えの利益を肯定するにあたり、上告人らのなした区分建物滅失登記の「申請」に不法性があると認定した上で、このような場合に、根抵当権者が、不法な「申請」をした者を相手方として、根抵当権の妨害排除請求権に基づいて、滅失登記及び表示登記の各抹消登記を申請するよう遡及することは適法であり、訴えの利益がある、と判断したものである。

(二) しかしながら、このように原判決が表示登記あるいは滅失登記の「申請」の不法性の有無をもって、訴えの存否を判断するうえで、重要なメルクマークとしていることは、根本的な疑問がある。

訴えの利益の存否という民事訴訟法上の客観的な判断を登記「申請」の不法性という主観的な事情の有無に左右されることは、本来客観的一義的になされるべき民事裁判の運営という重要な国家作用を主観的事情によって、左右するものであってきわめて恣意的なものといわざるをえない。

原判決の右判示にしたがえば、登記「申請」に不法性がなければ訴えの利益はないことになるのであって、このような主観的な事情の有無によって、訴えの利益の存否に関する判断が左右されることは、民事訴訟法の解釈のあり方として到底妥当なものとはいえない。

(三) さらに付言すれば、本件については、被上告人より建物の表示及び滅失登記を行った登記官を相手どって右各登記の受理処分の取消を求める行政訴訟が提起されているところ、右行政訴訟において、被上告人らの請求が認容されなければ結局、右表示・滅失登記手続きは実際上なしえないといわなければならない。

そうすると本件請求について、右行政訴訟とは独立に訴訟を遂行し、終局判決を受ける独自の訴訟上の利益があるとすることは到底できないところであって、この点からいっても、原判決の判断は失当である。

しかるに、これと異なる判断をした原判決は、訴えの利益に関する民事訴訟法の解釈・適用を誤った法令違背がある。

三 上告の理由(その二)

また、原判決は、次に述べるような判決に影響をおよぼすことが明らかな審理不尽の違法がある。

(一) 原判決は、上告人会社の代表者崔が「第一建物一階の住居部分と工場部分に簡易な隔壁を設けたからといって、一般社会通念に照らし、未だその独立性を失ったものとはいえず、これが独立のAB両建物に区分されたものとするのは、相当でないし、したがって、またその後右隔壁を取り除いて独立したAB両建物を合体したとすることも、ことの実体にそぐわないものであって、本件滅失登記、表示登記及び保存登記は不法になされたものというほかな」い、と認容した第一審判決の判断を正当なものとして支持したものである。

しかし、第一審判決及びこれを支持した原判決の右認定は、第一建物の住居部分と工場部分との全体的な構造について検討を全く欠いたまま、隔壁の部分のみにとらわれてなされた事実の認定であって、極めて不当な認定であるといわなければならない。

(二) 工場部分は構造が木・軽量鉄骨造であり、屋根も亜鉛メッキ鋼板葺であるのに対し、住居部分は、構造が木造で、屋根も瓦葺きとなっており、明らかに構造上別個であることが明確になっている。しかも、屋根そのものも工場部分と住居部分とでは、別々に造られており、明らかに別個独立の建物になっている。

また第一建物の住居部分は、工場部分とは別に入り口が設けられており、二階に上がる階段もそれぞれ別個につくられていたものである。

したがって、第一建物全体の構造をみると、住居部分と工場部分が別々の建物として建築されたことが構造上も明確である。

(三) しかし、第一審での検証調書には、検証見取図として、平面図だけが、作成されており、立面図が作成されておらず、また工場部分と住居部分との関係が全体的に見ることができるような位置から撮影された写真も添付されてはいない。これでは、検証調書として、その記載がきわめて不十分であって、現場検証に立ち会ったことのない第一審裁判所の担当裁判官が第一建物の構造について、全体的総合的な判断がなしえないまま、事実認定を行ったものであって、その判断を誤らしめたものといわなければならない。

(四) そこで、原審において、上告人は、本件建物の構造等について、裁判官が現場に臨んで検証を行うよう証拠の申出をしたところ、原審は、上告人の右検証の申し出を採用せず、証拠調べを打ち切ったうえで、右のような事実認定をしたものであるが、これは明らかに審理不尽の違法があるといわなければならない。

しかも、原判決の右認定は、明らかに判決の結論に重大な影響をおよぼす事実の誤認といわなければならず、このような事実誤認を招来したのは、右のような審理不尽にあることは明らかであるといわなければならない。

四 上告の理由(その三)

原判決は、以上に述べるように理由不備もしくは理由齟齬の違法があり、民事訴訟法三九五条一項六号に該当する事由があることが明らかである。

(一) 上告人は、原審において本件については、被上告人らより建物の滅失登記及び表示登記(以下「本件滅失登記及び表示登記」という。)を行った登記官を相手どって右各登記の受理処分の取消を求める行政訴訟が提起されているところ、右行政訴訟において被上告人らの請求が認容されなければ、右各登記の抹消登記手続は実際上なしえないから、本件滅失登記及び表示登記の抹消を求める被上告人らの請求には訴えの利益がない、と主張したものである。

このことは、原判決の「当事者の主張及び証拠関係」の項において、明確に摘示されているところである。

(二) ところが、原判決は、被上告人らの本訴請求に訴えの利益があると判示しているものの、その前提として、行政訴訟において、被上告人らの請求が認容されなければ、右各登記の抹消登記手続は実際上なしえない、との上告人らの主張に対しては、全くなんらの判断も示していない。

これでは、上告人らの主張に対する判断を遺脱したものであって、原判決の理由として明らかに重大な理由の不備があるといわなければならない。

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